パッヘルベルの生涯を年表にしてみました。
| 年 | 月 | 日 | 出来事 |
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| 1653 | 9 | 1 | ドイツのニュルンベルクに生まれる。 |
| ? | サン・ローレンツの高校に入学する。
♪ハインリッヒ・シュヴェマーに音楽教育の基礎を学ぶ。
♪作曲は、G.C.ヴェッカーに師事する。
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| ? | アウディトリウム・アエギディアヌムに参加する。
♪更なる音楽教育を受ける為。
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| 1669 | 6 | 29 | アルトドルフ大学に入学する。
♪そこでは、オルガン奏者として活躍。
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| ? | アルトドルフ大学を退学する。
♪学業を続ける為の父からの援助が不可能となった為。
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| 1670 | 春 | レーゲンスブルクのギムナジウム・ポエティクムに入学する。
♪同校にてカスパール・プレンツに音楽を師事する為の許可を受けている。
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| 1673 | ウィーンに発つ。 | ||
| ? | ウィーンにてシュテファン大聖堂の次席オルガニストとなる。 | ||
| 1677 | 5 | 4 | アイゼナッハの宮廷オルガニストに就任する。 |
| 1678 | 6 | 19 | エアフルトのプレディガー教会のオルガニストになる。
♪この教会に12間勤め、この間に主要な作曲家達と親交を結ぶ。
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| 1681 | 10 | 25 | バルバラ・ガブラーと結婚する。 |
| 1683 | 9 | バルバラ夫人と幼い息子がコレラによって相次いで他界する。 | |
| 1684 | 9 | 24 | ユディット・ドロマーと再婚する。
♪5人の息子と2人の娘を授かる。
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| 1690 | 8 | 1 | シュトゥットガルドのヴュルテムベルク宮殿の音楽家・オルガニストに就任する。
♪マグダレーナ・シルビラ公爵夫人の後援があった。
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| 1690 | 8 | 15 | プレディガー教会のオルガニストを公式に辞職する。 |
| 1692 | 秋 | フランス軍戦略の為、シュトゥットガルドを去る。
♪ニュルンベルクに発ったが、2~3週の内にトゥーリンゲンに戻る。
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| 1692 | 11 | 8 | ゴータ市のオルガニストに就任する。 |
| 1695 | 4 | 20 | ニュルンベルクの聖ゼパルドゥス教会のオルガニストのヴェッカーが死去。
♪同市は著名な同郷人のパッヘルベルを後任に希望し、パッヘルベルに招待状を送る。
♪パッヘルベルはゴータ市のオルガニストの解任要請状を提出し、ニュルンベルクに向かう。
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| 1695 | ニュルンベルクの聖ゼパルドゥス教会のオルガニストに就任する。 | ||
| 1706 | 3 | 3 | 生まれ故郷であるニュルンベルクの聖ゼパルドゥス教会のオルガニストととして永眠。 |